クラーレンス・バルロー

    独自のアルゴリズミック・コンポジッション

    インドの英国系家庭に生まれケルンで活動をはじめたドイツの作曲家、クラーレンス・バルローの音楽を考えるときまずキーワードとなるのは「アルゴリズミック・コン ポジッション」という方法である。かつてパリのIRCAM,ストックホルムのEMS(当時 )、ユトレヒトのソノロジー研究所などで電子・コンピュータ音楽を若い頃から手が けてきた彼は、作曲家であると同時にコンピュータ音楽シーンのインサイダ-として知られていたが、それから現在に至る彼独自の方向を決定的にしたのは、何と言っても彼の興味が近代テクノロジーによる音色の可能性の探究にではなく、常に音楽構造 の分析と再構築に向かっていた点であろう。それはコンピュータがまだパンチカードを使っていた時代から紙テープを段ボール箱に三つも抱えてボン大学の音声研究所に通い、人声の分析データによって器楽作品を書いていたという彼のエピソードからも窺い知ることができるはずだ。彼の場合この分析の道具としてのコンピュータ、そして音楽における音程やリズムの構造を定式化・アルゴリズム化し、そこから導き出されるあらゆる可能性をリストアップし、再びそれらをまとめあげて自らの作品として結実させていくための武器としてのコンピュータは、パソコンが出回り、MIDI楽器が登場した時代からコンピュータ音楽スタジオではなく、すべて彼のケルンの自宅で行われるようになった。中でもアタリSTコンピュータ用に書かれた彼自身によるソフトAutobuskはそれまでの彼の音楽的アイデアをまとめたひとつの集大成であったと同時に、その後のオーケストラ曲を含む様々な器楽作品やテープ作品、そして主にMIDIシステムを使ったライヴ・パフォーマンス作品の作曲支援ツールとして必ず使われ、またそれらの新作が生まれるごとにアップデートを重ねている。Autobuskの機能は基本的にランダム・ジェネレーターを使ったMIDIノートの生成だと言えばそのとおりなのだが、そこには彼の長年の研究と思考によって生まれた「調性度」や「拍節構造の明瞭度」などの様々なこの作曲家ならではの発想が隠されている。また、パラメータ・セッティングのスナップ・ショット、ある状態から次の状態への漸次的移行、シークエンス機MIDIに対するあらゆるコマンドの変換など通常この種のプログラムに必要とされるあらゆる機能を大きく上回る様々な機能、さらにMIDIコマンドのパッチング機能によってAutobuskが複数のAutobuskのパラメータをコントロールするなどの奇想天外な仕掛けも少なくない。ユーザー・フレンドリーな表示画面とユーザー・インターフェイスは、もちろんこのプログラムに興味をもつ人々がAutobuskで作曲することを可能にしているはずなのだが、マウスの機能や表示に使われるフォントにまで彼独特の、時には他人についていけないほどの強力な美学とユーモアが浸透しており、さらにきちんとしたマニュアルが未だに作られていないことがこのプログラムを「彼だけ」のものにしているようである。とにかく彼はコンピュータ音楽スタジオという典型的な制作現場から距離を置いたところで「勝手に」活動を続けてきたわけだが、その経緯は今見たようにごく自然な形で、自己の必然に従って発展していったようである。それが後でアルゴリズミック・コンポジションという言葉で語られるようになっていったというのが正しいのかも知れない。さて、そのAutobuskによって生まれた音楽は人間による演奏とコンピュータが共演するするようなインタラクティヴなタイプのものはもちろん、伝統的なトリオからオーケストラ作品まで多岐に渡るが、その代表作ともいえる「Januar am Nil」(「ナイルの1月」CDにはなっていない)は音響合成の原理に基づいて微分音的に調律された楽器群によるアンサンブル作品で、この作曲家ならではのユーモアとコンピュータなくしては考えられなかった精緻なスコアによって書かれた難曲、同時に名曲である。

    三輪眞弘

    柴俊一編 作品社「アヴァン・ミュージック・ガイド」(ISBN4-87893-327-5 C0073)より引用


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