[English Version.....Under Construction]

開演前の舞台

大夫と2人の三味線による演奏

各種センサーによるグラフィカル表示

左から呼吸、脳波、脈波の表示

音響情報に基づく映像効果
写真提供:神戸新聞社

虚実皮膜の間?
写真提供:神戸新聞社

劇場としてのコンピュータ?
写真提供:神戸新聞社

ビジュアル・セクション

生体センサーと照明コントローラ

オーディオ・セクション

フライヤー(表面)

フライヤー(裏面)

神戸新聞・公演紹介記事

概要

「伊曽保物語」は素浄瑠璃とメディア・テクノロジーによる上演時間約1時間の舞台作品である。物語の素材を江戸初期に刊行されたイソップ物語の日本での翻案である絵入り仮名草子に求め、数話のエピソードを現代の寓話として構成している。

素浄瑠璃は、義太夫節と三味線2本、そしてデジタル録音された歌舞伎囃子から成り、ごく一部を除いて音響効果を加えず、そのまま演奏が行われる。そして、各種センサーによる生体情報や演奏情報、サーモグラフを含むカメラ映像のリアルタイム処理が行われ、グラフィカルに表示される。また、部分的に実写映像や効果音なども用いる。

原典

「アリとキリギリス」や「オオカミ少年」等で馴染み深い「イソップ物語」は、世界中で読まれてきた児童書でありながら、巧妙な寓話や処世訓を用い、大人にも共感を与え続ける大ベストセラーである。

しかし、イソップ(ギリシャ語でアイソポス、ポルトガル語でイソポ、エソポ)が紀元前6〜5世紀頃の実在した人物である事、その生涯の伝記が物語の随所にみられる事、他書の類話がイソップ風寓話として多数取り入れられている事、そして日本でも西暦1600年前後には二種も出版紹介されている事等の実態については、あまり知られていない(「絵入り伊曽保物語を読む」武藤禎夫著 東京堂出版:参照)

この寓話集には、自身が北アフリカから人身売買された奴隷だった事もあり、庶民的な見地から人生哲学についての考察が随所に見られる。そのせいか、ギリシャ・ヨーロッパのみならず、インドや中国といった異文化にも受け入れられ、日本には鉄砲伝来より40年程経た1593年、ポルトガル人宣教師により伝えられた。

爾来、様々な社会情勢にさらされながらも、今日の発展に至ったイソップ物語。それぞれの時代背景に合わせるように世界中で伝承されてきたこの処世術や教訓は、今日の日本では、原本に近づける意図で、ラテン語から忠実に和訳・出版されているが、本舞台は「万治本」と呼ばれる1659年(万治2年)に発行された挿画本を元にした。

「伊曽保物語」

鉄砲の伝来以降、キリシタン(切支丹)禁制の中でバテレン(伴天連)と呼ばれた宣教師達によって伝えられたこの物語は、当時の世相や物理的環境を巧みに反映し、当初はラテン語表記をベースとした「口語的日本語」に訳されながら普及していった。更に、万治2年(1659)には、挿画入りの仮名草子「伊曾保物語」の名のもと、純粋な日本書物として発行されている。寛永16年(1639)に発布されたいわゆる決定的な鎖国令の僅か20年後である。

我々が着目したのは、その日本版「伊曽保物語」の土着ぶりだった。ストーリー構成は見事なまでに儒教・神道・仏教などを見据えた教訓を導き出しており、巧妙にキリシタン思想をオブラートに包んでいる。登場人物・動物は、無論日本土着のモノに差し替えられ(例:アリとキリギリス→蟻と蝉)、痛快なまでに日本流に変貌してゆく。これは、斜視をすればバテレン達の狡猾なローカライズ戦略だったのか、とも解釈できる。しかし事実として今なお残る、その大胆な変換方法は、現代を生きる我々にとって、直観的な勇気を与えてくれる。

つまり、1860年代以降の風潮として、原物文化を大切にした文化の輸入がよしとされ、「本場○○」などが主になってきた事をふまえれば、現在のイソップ物語が、原文であるラテン語・ギリシア語に忠実な形で翻訳されているのは当然といえば当然だ。しかしその結果、「場の特異性」(サイト・スペシフィシティー)が失われ、海外から単純に直輸入で仕入れたイベントや企画をそのまま再現する事が「本物志向」だとする思考へと繋がってゆく。しかし、この手法が通用していたのは1970年代までだった事は言うに及ばない。市民レベルでの国際化が進む中、「本場イタリアの〜」「本場フランスの〜」(〜の部分がグルメであろうが、絵画であろうが)というものは、既に我々にとって、誰かにもって来てもらうモノではなく、我々から現地に出向き真の本物を観る/食べる点にあるからだ。

当時から日本人が持ち合わせていた「変換の作法」は航海法からトランジスターに至るまで、大胆に行われた。これを400年以上前に伝来した伊曽保物語に応用し、現代に手繰り寄せる。「鎖国」という、日本人が持つ膨大なエネルギーが一気に内的処理された時期に醸造された人形浄瑠璃文楽。そして対峙するように、エネルギーの外的膨張を礎として発展をみせるメディア・アート。浄瑠璃は新作を、テクノロジーは非迎合的な調和をそれぞれ見据え競演しながら実験は加速する。

(中西玲人、「夢創館通信」より抜粋)

メディア・テクノロジー

「伊曽保物語」におけるメディア・テクノロジーの使用は、通常であれば認識されない演奏者の内部状態を露呈し、演奏と共に消えゆく現在時間を再構成することにより、マルチ・センソリー(多次元感覚)としての舞台を提示することを目的とした。

具体的には、大夫の脳波、脈波、呼吸を検出する3種類の生体センサー、大夫の皮膚表面温度分布を示すサーモグラフィ・カメラを用いるとともに、大夫と三味線2本から成る3種類の演奏音のグラフィカル表示を行う。これらは、視認性を高めるデザインが施されているものの、基本的には生体情報や音響情報を忠実に提示するようになっている。観客は、あたかも集中治療室のモニタを覗くかのように、これらの内部情報に接するわけである。

同時に、ビデオカメラからの映像は、演奏者の表情や手元などのズームアップを織り交ぜて、演奏の様子を克明に伝える。さらに、サーモグラフィを含むリアルタイム映像は、時間の操作や動きの軌跡によって、現実とは異なる文脈中に再構成される。これは、演奏に集中している大夫や三味線奏者に、映像としての演技者の役割を与えることになる。

また、部分的に実写映像や音響効果音も使用する。これらは、登場人物を描写するといった直接的な表現は避け、場面の状況説明や象徴的な雰囲気の演出としての補足的な使用に限定している。

以上のように、本公演におけるメディア・テクノロジーの役割は、本質的に素浄瑠璃が語る物語を拡大し、時には拮抗しながら、物語が語られる舞台そのものを、より芳醇な世界として提示することにある。

(赤松正行)

生体センシング

生体内には様々な律動(リズム)が渦巻くが、本公演では、その中から代表的な、呼吸曲線、脈波、脳波の抽出を行った。

呼吸曲線 呼吸は、生体リズムの中では一番基本的なものである。 このリズムは、遙か昔、人がまだ海の波間に揺らいでいた頃に、その波のリズムが体壁に刻み込まれたものであり、現在、人は自ら体壁を揺らすことで、再び体内に波のリズムを満たしているとも言える。また呼吸は他のリズムと違い、比較的随意にリズムを創ることができる。つまり、心と双方向にやりとりしながらリズムを創造することができるという大きな特徴をもつ。

呼吸センサーとしては、演者の胸壁に設置した圧電素子を用い、横隔膜の動きを検出した。また、体位などにより基点の変動がかなりあるため、出力から低域成分を除去した。そのため出力は微分的な、やや変動分が強調された形となっている。

脈波 呼吸と並んで重要な律動に、心臓の拍動がある。心拍は呼吸から分化したと考えられており、ほどよく揺らぐこのリズムも、文字通りビートとして、人のタイミングの基礎となっている。このリズムそのものも"心"により変動するが、その一方で、心臓から発した血液の脈動は血管内を瞬時に体の隅々まで伝わり、その間にも、さらに心による修飾を受け、それらを合わせて、脈波として観察することになる。

脈波は、耳朶に設置した赤外LEDとフォトトランジスタにより、光電式容積脈波として検出している。ただ上演中は、演者の耳朶の血流量が極端に減少していたため、脈動成分は、かなりマスキングされている。

脳波 脳波は前記の心肺リズムと違い、微弱な電位変動であり、またその変動も速く、そのままでは人の五感で感知できない。しかし、脳波とは不思議なもので、本来数限りない脳内シナプス後電位の集合値と考えれば、単純に白色ノイズになってしまうはずのものが、同期作用により美しく波を打つ。しかもその波は、意識レベルによりダイナミックに変化する。

脳波は、両耳朶に設置した電極(銀塩化銀電極)間の双極誘導で採取した。上演中(開眼状態)の脳波検出であるため、本来後頭部(O1,O2)から単極誘導で採るのが基本ではあるものの、電極の装着が困難であったため、このような形で採取を行った。

(照岡正樹)

機材構成

  • コンピュータ Apple / PowerMac G5/2GHz Dual
  • コンピュータ Apple / PowerBook G4/1.33GHz
  • 開発環境 Cycling'74 / Max/MSP/Jitter
  • ビデオ・カメラ Sony / DCR-VX1000
  • サーモグラフィ・カメラ Avio / TVS-8500
  • ビデオ・セレクター Sony / SB-V31G
  • ビデオ・コンバータ Sony / DVMC-DA1
  • プロジェクタ Sony / VPL-PX40(2台)
  • スクリーン 特製
  • 脳波センサー 特製
  • 脈波センサー 特製
  • 呼吸センサー 特製
  • A/Dコンバータ MakingThings / Teleo Inductory Module
  • ピン・マイク AKG / C418PP
  • コンタクト・マイク AKG / C411PP(2個)
  • ダイナミック・マイク Shure / SM57(2本)
  • メモリー・レコーダ Marantz / PMD670
  • ミキサー Mackie / Onyx 1220
  • オーディオ・インターフェース Mackie / Onyx FireWire I/O Card
  • パワー・アンプ d&b / audiotechnik P1200A
  • ラウド・スピーカー d&b / audiotechnik E3(2本)
  • MIDIコントローラ Peavey / PC-1600
  • 照明コントローラ American DJ / Midi Pak
  • 照明 (2台)

出演・制作

構成・脚本・浄瑠璃……豊竹咲甫大夫

作曲・文楽三味線………鶴澤清介

文楽三味線………………鶴澤清志郎

作調・歌舞伎囃子方……田中傳左衛門

映像・音響・操作………赤松正行

生体センサー……………照岡正樹

制作協力…………………井澤澄子、佐藤千聡、西岡渉、山岡加尚

題字………………………綿貫宏介 

総合演出…………………中西玲人

出演者紹介

豊竹咲甫大夫(人形浄瑠璃文楽座大夫) 二世・鶴澤道八の孫として生まれ、8歳で豊竹咲大夫に入門、咲甫大夫を名乗る。10歳の時『傾城阿波の鳴門』で素浄瑠璃の初舞台。以来文楽座の大夫として、東京・大阪両国立劇場をはじめ、全国的な舞台活動を展開。また野村萬斎をはじめとする各界の若手表現者達とのコラボや大学での講演・小学校でのワークショップ、海外公演、NHK教育「にほんごであそぼ」等のテレビ出演、執筆活動等を通して人形浄瑠璃や地域文化の伝承・啓蒙活動に努める。主な著書に「豊竹咲甫大夫と文楽に行こう」(旬報社)などがある。

鶴澤清介(人形浄瑠璃文楽座三味線) 1973年二代目鶴澤道八に入門。翌年、清介と名乗り、大阪・朝日座で初舞台。1982年鶴澤清治の門下となる。1975年度の文楽協会賞をはじめ、国立劇場奨励賞、因協会奨励賞、大阪文化祭奨励賞、国立劇場文楽賞文楽大賞、芸術選奨文部科学大臣賞新人賞など受賞多数。重厚な三段目物、華麗な四段目物のいずれも弾きこなす中堅実力派。三味線の勉強のために浄瑠璃にも取り組んで、文楽座三味線弾きが語る素浄瑠璃の会「蝠聚(ふくじゅ)会」を有志とともに毎夏開催している。

十三世 田中傳左衛門(歌舞伎囃子田中流家元) 両親共にそれぞれ能楽師葛野流大鼓方、歌舞伎囃子方の人間国宝という家に生まれる。兄は亀井広忠、弟は田中傳次郎。2歳から能の謡を八世観世銕之丞、能楽囃子を父に、歌舞伎囃子を母に師事し、5歳でそれらの初舞台を踏む。平成2年10月片岡孝夫(現・仁左衛門)、坂東玉三郎の「男女道成寺」の小鼓で歌舞伎座の初舞台を踏み、平成4年1月七世田中源助を襲名。平成16年2月歌舞伎座での坂東玉三郎の「茨木」の小鼓で十三世田中傳左衛門を襲名以降もなお積極的な舞台芸術の新たな可能性を模索し続けている。(当日はデジタルマスター録音にて参加)

赤松正行(メディア作家) 神戸大学文学部哲学科心理学専攻卒。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー教授。10代よりエレクトロニクスを用いた音楽制作を始め、80年代からコンピュータを使用、音楽だけでなく映像やネットワーク等、様々なメディアへと制作範囲を広げる。特に、作品と鑑賞者の関係性や作品自体の自律性に注目し、その可能性を拡張することに関心を抱く。ソロやセッションによる演奏活動も多く、「トランスMaxエクスプレス」(共著)や「Cocoa+Java」、「Visual Architect」等の著作、「DSPサマースクール」などの企画も行う。

公演

第1回公演 2005年8月12日 午後6時30分開場 午後7時開演
第2回公演 2005年8月13日 午後6時30分開場 午後7時開演

ギャラリー夢創館(神戸市灘区青谷町2-1-3 )

主催……ギャラリー夢創館
協賛……KOBE HYOGO 2005 夢基金
協力……財団法人文楽協会IAMAS