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概要
ピアノ解体作戦はグランドピアノを破壊し、その音響をコンピュータによって加工しながら行われるライブ・パフォーマンスである。この作品では、いわゆる電子合成音や関係のないサンプル音は用いられない。つまり、ここで聴かれるのは、ピアノ自体と各種工具が発する音であり、それらの音をコンピュータによってリアルタイムに処理した音である。
コンセプト
ピアノはあらゆる楽器のなかでも西洋合理主義の端的な具現である。その規則正しく並べられた鍵盤、オーケストラに匹敵する極めて広い音域、コストを優先させた平均律による調律、精緻なハンマーとペダルのアクション、内部を支える鋼鉄フレームと張り巡らされたワイヤー、高級家具としての木材の材質と塗装などなど。これらのいずれの要素をとっても、気が滅入る程の複雑さを持ったメカニズムが合理性のもとに統合され、超然とした贅沢な装飾をまとっている。
従って、ピアノは楽器という名のもとに設計されたアナログ・コンピュータであると同時に、磨き上げられた機械仕掛けのティラノザウルスだ。つまり、ピアノの能力と歴史には敬意を表すとしても、もはやピアノはあまりにも堅苦しくて愚鈍な存在でしかない。よってピアノを壊すことは必然的な帰着点となり得る。生まれた瞬間から合理主義に浸ってきた我々にとって、ピアノを壊すだけでは、その呪縛から逃れられないかもしれない。しかし、少しは身が軽くなるというものだ。
一方で、西洋合理主義がもたらした最も高度で複雑な道具であるデジタル・コンピュータに取り囲まれて我々は暮らしている。現代社会において、音楽家でなければピアノに触れることもないが、コンピュータと無縁でいられる者は存在しない。ピアノを壊すことはできても、我々はコンピュータを壊す決意を持てないでいる。
ピアノとコンピュータは似ている。ピアノが整然としたキーの並びから音楽を構築するように、コンピュータは正確なビットの列によって情報を構築する。ピアノ内部のメカニズムとコンピュータ回路は位相を変えた相似系だ。人はピアノから音楽を紡ぎだすように、コンピュータから情報を咆哮させる。ピアノが近代西洋音楽に重要な役割を果たしたように、コンピュータは現代情報社会の支柱として欠かすことができない。
それゆえに、ピアノを破壊することを決めた我々は、その異母兄弟であるコンピュータにピアノを看取らせることにした。それはピアノの最期にふさわしく、コンピュータの役目にふさわしい。それは音楽の解体であると同時に情報の戦いでもある。いつの日にか、我々はコンピュータを壊すことになるだろうか?
パフォーマンス
ピアノ解体作戦は大きくわけて、ピアノ解体前のパフォーマンスとピアノ解体そのもののパフォーマンスに分けられる。
(A) ピアノ解体前のパフォーマンスは、死を宣告されたピアノへの鎮魂歌であり葬送曲であるが、それらがピアノ自体によって行われる。ここでは以下の5つの小品が奏でられる。
(1) "Paino Painting" ピアノに死化粧を施す。
(2) "The Grudge of Piano" ピアノを使った特殊奏法へのオマージュ。
(3) "Electric Piano" 伝導体であるピアノ線に高圧電流を流し、スパークさせる。
(4) "Hammer Piano" ピアノ匡体全体を打楽器とみなし、叩き続ける。
(5) "Farewell to Piano" ピアノへの最後の告別。
(B) ピアノの解体は、チェーンソーや電動ドリルなどの電動工具から、ハンマーや斧などの人力工具によって行われる。ピアノの解体には、当然のことながら定まった手順というものが存在しないため、試行錯誤を繰り返すことになる。これは手探りで未知の世界の探究するかのようであり、普段は気付くことのないピアノのメカニズムが次第に明らかになっていく。また、当初は目覚ましい働きをしていた電動工具の刃が苛酷な使用のために衰えていくと、次第に人手による工具に頼らざるを得なくなる。あるいは、危険を伴うピアノ線の切断では緊張が一気に高まり、半ば崩壊したピアノ鍵盤を弾けば観客の笑いを誘うことになる。このようにして、ピアノ解体は単なる行程ではなく、一種の物語としての性格を色濃く持ったパフォーマンスとして進行する。そして、最後にピアノがすべて解体されると、細分化されたピアノの遺体が観客に配られて終幕となる。
ここでピアノ解体作戦を参観したジャーナリストのレポートを一部引用しておく。
「解体の現場に居合わせてみると、不思議に権威への異議申し立て、暴力、悲痛さといったものは希薄だ。むしろお祭り。村の衆総出で狩りをして、獣を倒すような、そして獲物を解体して美味しいところを皆に分け与えるような印象だ。」
Yuko Nexus6、「ワイアード日本語版」1997年12月号より
コンピュータ
ピアノを解体することは頻繁ではないにしろ、これまでにも何度か行われてきた。しかしピアノ解体作戦は60年代のフルクサス運動としてではなく、20世紀末のテクノロジーを伴って行われる。つまり、ピアノ解体を冷静に見つめるコンピュータの存在が、従来のパフォーマンスとは決定的に異なっている。
ピアノ解体作戦で用いられるコンピュータシステムの概要は以下の通りである。まず、ピアノのボディの数箇所にはピエゾ素子が取り付けられ、ピアノの振動を直接取り出す。またピアノの周囲に数本のマイクが立てられ、ピアノが発する音を拾う。これらの音声信号はDAコンバータを通してコンピュータに取り込まれる。コンピュータは2台用いられ、それぞれKyma
SystemとMax+MSPによる音響処理プログラムが動作している。オペレータはパフォーマンスの進行に応じて、プログラムのパラメータを操作して「演奏」を行う。プログラムの基本動作は、ピアノと各種工具が発する音をコンピュータに記憶し、リアルタイムに加工し、再構成した音響として再生することである。ただし、様々な信号処理のテクニックが用いられるため、多種多様な音響効果を生み出し、その場で生起しているアコースティックな音響と混じりあって、渾然一体となった音場と時間を作り出すことになる。
システム・ダイアグラム |
メンバー
この作品は以下のメンバーが参加して上演された。
三輪真弘,平野治朗,山畑裕嗣,外山貴彦,大塚晃子,江口雅之,有馬純寿,ヲノサトル,ルイス松尾,坂井萌奈,内橋和久,川崎義博,後藤英,上田行登,小野亘,石川大介,木村利行,白石卓志,白川敏弘,小林一成,森脇久和,赤松正行 |